遊具もドアストッパーも冷房もない!? フランス暮らしが教えてくれた「今あるもので生きる」ことの豊かさ

来週公開予定の代表・フランス出張記になぞらえ、8月は“フランス”をテーマにお届けします。初回は、今年の春、夫の転勤でパリ郊外へ移住したライターが登場。3人の子どもたちと過ごす新しい日々の、小さな発見を2回にわたって綴ります。第1回は──何もないようで、実は豊かな時間が流れる、パリの公園から始まります。
遊具もスイッチもポケカもない公園で、子どもたちは……
「ママー、今日もまたあの公園? つまんなーい!」
フランス・パリ近郊の町に引越して最初の夏。小学3年生の長男がうんざりした声で言ったのは、ある土曜日の午後2時すぎ。気温は38度を超えていた。
「たしかに、ブランコも滑り台もないよね」と私が返すと、「誰も(ニンテンドー)スイッチ持ってこないし、ポケカ(ポケモンカード)も持ってないし」と長男はぼやく。
こちらの公園は遊具が少ない。日本のそれを期待していって、裏切られたことが何度かある。公園とは名ばかりで、行ってみたら芝生とベンチがあるだけ、なんてことも多い。とはいえ、家にいてもYouTubeとゲームばかりで、ロクな一日にならない。そもそも午前中で「ゲームは1日1時間まで」という制限はとっくにオーバーしている。
「行ったらポケカ買ってあげるから」と、長男と、小学1年生の長女と、年中の次女を、なんとか外に連れ出して、近所の公園にやってきた。

やはり、遊具の代わりにあるのは、水道、植垣、花壇。あと、誰が落としたのか分からないサッカーボールだけ。いつもと違うのは、子どもたちがたくさんいることだった。そして、その子たちは、何もない公園で遊んでいた。水道の蛇口から水を汲んで、1ユーロの水鉄砲で撃ち合っているグループがいる。木の棒で剣士になりきって、チャンバラをしている二人組もいる。植垣に穴を掘って「ここにタイムカプセルを植えよう」と真剣な顔で話し合っている子たちもいる。
長男は、遊びの世界に没入している彼らを、驚いたように眺めていた。興味はあるけど、どう仲間に入ればいいか分からないのだろう。すると、ひとりの男の子が近づいてきた。
「ボンジュール!」
彼のことは、見たことがある。長男と同じ学年で、クラスは……そう思い出している途中で、彼の手に“あるもの”が握られていることに気がついた。
(あ、水鉄砲だ)
そう認識した直後、長男に向かって、勢いよく水が発射された。

くらった長男は、嬉しそうに歓声を上げる。その男の子はにっこりと笑って、長男に水鉄砲を渡してくれた。男の子はグループの元に走って行き、長男もそれを追いかけていく。数秒後、長男も含めた撃ち合いが始まった。
(やばい。長男に気を取られていたけど、長女と次女は……)
あわてて公園を探すと、長女はクラスメイトと石や枝を集めていた。次女は同じくらいの年の女の子と、鬼ごっこをしている。みんな、いい顔で笑っていた。
遊具はない。スイッチもポケカも、ここにはない。持ってきたら盗まれるということもあるけど、そんなもの必要ない。「ないからこそ始まる遊び」が、この町にはあるから。
「ないもの」は「あるもの」で工夫する、フランスの暮らし

これは公園だけの話じゃない。日本で愛用していたものが、こちらでは見かけない。たとえば「ブックスタンド」。うちは子どもが3人いるので、絵本や参考書や図鑑など、本の量が多い。子どもたちは本を一度にたくさん取って、そのままどこかに置いてしまうから、ブックスタンドがないと本がバラバラッと倒れてきてしまう。だから日本にいた頃は愛用していたのだが、フランスでは手に入らない。仕方ないので、花瓶に立てかけている。それでも倒れてくるから、本棚の本は、いつも斜めになっている。
あと「お茶っぱポン」(使い捨てのお茶パック)もない。アジアスーパーで売られているのを見たことがあるけれど、値段は日本の7倍。おいしいお茶を飲みたくて、日本からたくさん茶葉を持ってきたのに……。諦めて、茶こしを買った。お湯を注ぎ終わったら毎回洗わなくてはいけない。お茶っ葉は網目に引っかかるから、正直言って面倒だ。しかも締りが悪く、だいたい茶葉が少し漏れてくる。
「ドアストッパー」も、さんざん探したけれど、見つからない。代わりにクッションで代用していたが、ある日、風に煽られてドアが思い切り閉まり、「ガン!」という音に子どもたちが驚いて、次女が泣き出してしまった。次の日からは椅子を一脚、ドアのそばに置いている。座る時に動かさなきゃいけないから不便だけど、まあ仕方ない。
はじめはどれも「不便だな」と思っていたけど、今では慣れてきた。ブックスタンド代わりに花瓶を置くのはオシャレに思えるし、いい茶こしを探すのが楽しみになった。

そして「冷房」。ここフランスでも40度近い日があるのに、家に冷房はない。それはうちだけではない。本当に暑い日は1週間くらいしかないのと、室外機をベランダに置いてはいけないので、扇風機を代用している家庭が多い。ある日、マダムの家に遊びに行ったら、凍らせたペットボトルを扇風機の前に置いていた。「これでクーラー代わりになるのよ」と彼女はさわやかに笑っていた。その涼しさが忘れられなくて、我が家でも真似してみた。子どもたちは「科学実験みたい!」と喜んでいたし、意外と涼しい。冷房がなくても、夏は越せる。たぶん。
便利さを維持するために「がんばらない」

日本では、コンビニも100均もどこにでもあって、便利なものがそこら中にあった。Amazonで注文すれば翌日には手に入る。だけど、それを維持するには、いつもどこかで誰かが頑張っていないといけない。コンビニでは深夜に従業員さんが働いていて、100均の商品は、安い値段で大量に作られている。Amazonの配達員さんは「時間通りに、翌日に配達しないといけない」というプレッシャーがある。
こちらでは、日曜日にお店はまずやっていないし、月曜日も休みのところが多い。Amazonは予定通りに届いた試しがなくて、配達先を自宅の住所にすると、まず届かない。だから、近くの郵便局に指定する。そこまで取りに行くというのが定石だ。その郵便局も、うちの近所では土曜日午後・日曜日・月曜日が休み。平日の営業時間も午前9時~12時、午後2時~4時だ。便利さを手に入れるために、誰も頑張らない。
ないものは、ないままにする。代わりに、あるものの使い方を工夫する。それで済めば、それでいい。そういうフランス人の考え方に日々触れ続けたことで、私も「〇〇がない!」と思った時に、「買いに行こう」でなくて「今あるもので、どうやって工夫しよう?」と、考えるように、いつしかなっていた。

今年のパリは猛暑で、夏休みに入った今現在も、30度を超える日が続いている。そんな暑さをものともせずに、今日も昼食後に長男は「また、あの公園行こうよ!」と、1ユーロの水鉄砲を抱えて玄関に立っている。その水鉄砲は、”あの日”の帰り道に「ポケカはいらない。代わりに水鉄砲が欲しい」と言われて、買ったものだ。長女と次女は手にビニール袋を持って、石と枝を拾いに行く気満々である。
なくても楽しめる。あるものを工夫すればいい。それをフランス人は知っていて、子どもたちも、私も、知りつつある。
(この記事の取材・執筆者)
綾部まと
三菱UFJ銀行の法人営業、経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースのセールス&マーケティングを経て、独立。フリーランスのライター・作家として、インタビュー記事、エッセイやコラムを執筆。フランス・パリ近郊の町に在住。3児の母。趣味はサウナと旅行。
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