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手持ちのスマホでワンラックアップの仕上がりへ! 写真から消しても「残る」ものとは

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前編ではパリの街中でおしゃれなスマホ写真撮影に挑戦し、お手軽ワンランクアップ術を見事習得。後編ではパリ郊外の西側にある歴史的都市ヴェルサイユに場所を移し、さらなる機能開拓を続けます。しかし写し撮った現実は、フランスの”華やかさ”ばかりではなく……。

最新技術の便利さを体感すると同時に、「人が写真を撮る意味」についても考えていきます。
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フランスの代表的フォトスポット「ヴェルサイユ宮殿」に挑む

前編でパリの日常に潜む小さな美しさを写し撮ることができた私は、すっかり調子に乗っていました。意気揚々と、次の目的地を貴族の街・ヴェルサイユに定めます。

ヴェルサイユといえばヴェルサイユ宮殿。太陽王ルイ14世によって17世紀に築かれた壮麗な王宮で、フランス絶対王政の象徴とされています。1979年には宮殿と庭園がユネスコ世界遺産に登録されました。

パリのシャンゼリゼ通りやエッフェル塔、セーヌ川などと並ぶ観光名所の一つです。パリで学んだ「パノラマ撮影、明度やホワイトバランスの調整」などのテクニックを駆使すれば、きっと完璧な一枚を撮れるに違いない。

そんな甘い期待を抱きながら、パリ市内から鉄道「RER C線」に乗り終点のヴェルサイユ=シャトー=リヴ・ゴーシュ駅へ。そこから徒歩10分ほどでヴェルサイユ宮殿に到着しました。

気合十分、いざ撮影!と目を向けた先に広がる光景は、思わず息を吞む程に壮大そのもの。宮殿と庭園全体の敷地面積はおよそ800ヘクタール(東京ドーム約170個分)におよび、建物内だけで約700部屋あるとされています。さすが、世界屈指のスケールを誇る宮殿建築と庭園と言われるだけのことはあります。

フランス・バロック建築の最高傑作として知られる宮殿外観は、左右対称の壮大な構成美と金色に輝く装飾が特徴。見る者を圧倒する威厳と華麗さを放っています。 おっと、思わずフランスのガイドブックのようなことを書いてしまいましたが、そんなヴェルサイユ宮殿の圧倒的な存在感は、普通に撮影しても伝わりません。実際にその場で感じたよりずっと狭く見えてしまいます。

BEFORE
普通に撮った写真。青空に映えて美しいですが、断片的な情報しか伝えられていません

そこで、パリ市街でも試した「パノラマ撮影」を使うことに。カメラを動かしながら連続で複数の画像を撮影し、一枚の超横長な画像に合成してくれる、まさに今回のケースにはうってつけの機能です。

AFTER
パノラマ撮影により、実際の視界と近い写真に!

見事、写真のスケール拡大に成功! 宮殿正面の広大な空間がしっかりと写真に納められています。そうそう、実際に広場に立つとこんな感じ。よく、観光地で撮った写真を家に帰ってから見ると「あれ、こんなしょぼかったっけ?」と思うことはありませんか。それってたぶん、現地では感動というフィルターを通して見ていたから。その感動を再現するような撮り方が、旅行写真では大事なんだと思います。

やむにやまれぬ事情により宮殿内部の撮影は行えなかったため(向こう4日間はすべて入場券が売り切れでした……)、気を取り直して、外観夜景に挑戦することに。でも日が落ちるまではまだ時間があるので、一旦宮殿を離れ他の撮影ポイントを探してみることにしました。

「モーション撮影」で街の躍動を切り撮る

ヴェルサイユの10月は観光的にはオフシーズン。それなのに駅周辺は混雑していて、車もひっきりなしに走っています。

ふと、この目の前を通り過ぎる車をおしゃれに写真に残せないだろうかと思いつきました。試しに普通に撮ってみましたが、車が止まって見えて、いまいち動きが感じられません。

BEFORE
普通に撮った写真。見事な静止画です。

そこで、「モーション撮影」を試みることにしました。モーション撮影とは、シャッターを長く開いた状態にすることで、動いているものの残像を写し撮り、流れる線のように表現できる機能です。

私のスマホ(Google Pixel 8)の場合は、「カメラ」アプリを開いて「モーション」→「長時間露光(Long Exposure)」を選ぶだけ。車が通り過ぎる瞬間にシャッターを押すと、ライトの軌跡がスーッと線のように残ります。何の変哲もない静止画写真が、映画のワンシーンのような一枚に変身するんです。

AFTER
見よ、この躍動感!

どうでしょう、先の静止画写真とは印象が段違いではありませんか。ビュビュン飛ばすフランスのドライバーの実態も切り撮れた気がします。車を撮影するとナンバープレートが映ってしまうことがありますが、この機能を使えば、ぼやけてしまうためその心配も不要という嬉しい副産物も。歩いている人の顔もぼやけて映るはずなので、街の雑踏で撮る時も重宝間違いなしです。

AI修正でいろんなものを「消す」

日が完全に暮れるまでホテルの部屋で小休止。そうだ、どんなホテルに泊まったのか写真に撮っておこう、と思い立ちます。しかしすでに外は暗い。10月のフランスは日照時間が日本よりだいぶ短いのです。

そんな時は、明度を変えてしまえばいい。前半で学んだ知識です。スマホの「明るさ」を指先で右方向にスライドして撮ってみると、どうですか。まるで昼間に撮った写真じゃないですか?

BEFORE
薄暗い時分に撮ったとは思えない明るさです

ただ、じっくりと確認してみると……建物の右側に、白い布のようなものが写っています。さらに凝視するうちに、それが毛布にくるまったホームレスの姿であることに気が付きました。

私は固まってしまいました。ヴェルサイユを選んだ理由の一つに「ホームレスが少ないのではないか」というのがあったからです。

パリはとにかくホームレスが多い。ちょっとその辺を撮るだけで写り込んでしまいます。せっかくのアナザースカイが台無しです。しかし、貴族の街ヴェルサイユならホームレスも少ないのではないか、なんならいないんじゃないかと思っていたのですが……ここにも、「フランスの影」はしっかり存在していました。

ここでふと思いました。なぜガイドブックには、ホームレスの姿が写っていないのだろう?この疑問を解消したくて、SNSメディアを経営しているフランス人の友人にメッセージで相談しました。

すると「ああ、後で修正して消しているからね」と即レス。ホームレスはもちろん、車や建築中の建物、空の色、人物の服の色まで調整しているとのこと。写真として美しくないものは消してしまう。これが、「華やかなフランスの写真」の裏側だったのです。

「うちの会社では修正のプロが専用ツールでやっているけど、スマホのAI機能でもできるよ」と友人が言うので私もやってみることにしました。

ご存じの通り、いまのスマホのAIによる画像修正機能はすごいです。写真に写り込んだ不要な物体や人物を指定するだけで、周囲の画像情報を使って違和感なく背景と馴染ませながら、一瞬で消し去ってくれるのです。

さっそく、写真をそのままGeminiに添付して、テキスト入力欄に「写真中央部右側にある白い毛布を消して」と書き込み送信。 数秒もしないうちに、AIが自動で背景を補完しながら修正を開始します。画面の右端でくるくると読み込みマークが回り、次の瞬間、修正写真が完成しました。

AFTER
まるで初めから存在していなかったかのように

するとどうでしょう。そこに存在していたはずのホームレスが、跡形もなく消えてしまいました。 すごっ!

さらに、パリで撮影した写真でも試してみました。写真をデータフォルダから見つけ出して「トラックと赤いコーンを消して」とGeminに指示を送ってみると、これもまた驚くほど綺麗に消えてなくなったのです。

生活感がにじみ出ているこちらの写真も

もうこれで怖いものなし。美しくない現実は、すべてAIが消してくれます。理想のパリは、努力ではなく技術で簡単に手に入るようです。

……しかし、本当にこれでいいのだろうかという疑問が、私の心には残りました。それって本当のパリなんだろうか?……と。そんなモヤモヤを抱えながらも、次の目的地へであるあの場所へ再び向かいます。

夜景モードで幻想的な雰囲気を再現

ようやく完全に日が暮れました。いよいよ夜景撮影です。でも夜景には苦手意識がありました。何度撮っても、ぼやけたり、ピントがブレたり、ただ真っ暗だったり、自分の写真スキルの低さを思い知らされるからです。

しかし今回はスマホの「夜景モード」という強い味方がいます。夜景モードとは、シャッターを数秒間開け、その間に複数枚の写真を撮影・合成することで、肉眼で見るよりも明るく、ノイズの少ない鮮明な夜景写真を自動で作り出す機能です。

劣ったスキルは機能で補う。これが現代人の賢さというものです。

夜に再訪したヴェルサイユ宮殿は、確かに昼とは違う幻想的な雰囲気に包まれていました。果たして、この感動をそのまま写し撮ることができるのでしょうか。まずは普通のモードで撮ってみます。

BEFORE
コントラストはクリアですが…

うーん、悪くはないのですが、建物だけが明るく浮かび上がっていて、手前の広場は完全に黒く埋没しています。これは、建物の明かりにだけ露出が合ってしまっているからでしょう。逆光で撮ると影が真っ黒に潰れてしまうのと同じです。

続いて、スマホの夜景モードを使ってみることに。

AFTER
暗くても「陰影」がはっきりと見て取れます

建物だけでなく、広場の石畳もしっかり映っています。目の前に人を立たせたら、その表情も映るかもしれませんね。家族と夜景スポットにきた時にはぜひ使ってみたいです。例えば花火のように一瞬で消えてしまう光でも、AIが複数枚の写真を合成して、軌跡をくっきり残してくれるようです。

いやー、良い写真が撮れたとその場を立ち去ろうとしたときです。何やら望遠鏡で空を見上げている人たちがいるのに気づきました。

話しかけてみると、星空を見る有志の会のようでした。「でも、今日は曇ってますよね」と言うと、一人の女性が双眼鏡越しに私を促しました。「肉眼では曇って見えるけど、双眼鏡を使えばこんなに綺麗に見えるのよ」

いつも雲ばかりと不平を言っていた空に、レンズを変えれば美しい景色が見えるなんて……。私はこれまで何を見てきたんだろう。思わず胸を打たれました。

この感動を写真に納めたい。私はすぐにスマホを取り出し、カメラモードにすると、急かされるようにシャッターを切りました。しかし、空は真っ暗なままです。

BEFORE
「目の前に人がたくさんいそう」以外は伝わらない写真に

そこで夜景モードにして撮ってみました。すると────

AFTER
夜景モードONの写真

ばっちり明るく、鮮やかに撮れました。さすがに双眼鏡から見た星空そのものは写せませんでしたが、一等に輝く強い星の光を捉えることはできました。目の前に写る双眼鏡を囲む人々が情報として生きる、「感動した記憶に繋がる」ワンショットです。

写真から消しても、残るもの

翌朝、ホテルの部屋から何気なく窓の外を見下ろすと、昨日ホームレスの方がいた場所に、人だかりができていました。どうやら、地元のボランティアグループが、炊き出しに来ているようです。

炊き出しをするボランティアの方たち

遠くから見てても、ただご飯を渡して「さあ、さっさと済ませて」と事務的にやっている感じはありません。彼らはすごく熱心な様子で、一言一言に頷きながら耳を傾けています。「ホームレス」ではなく「そこにいる一人の人間」と接してることが伝わってきます。

どうして赤の他人にそこまで一生懸命になれるのだろう。暖かい部屋の中で熱いモーニングコーヒーを飲みながら、私はぼんやりと思いました。

昨日、私は、AIで「ホームレス」という存在を写真から消し去りました。それは見事に、一瞬で消えてなくなりました。しかし、現実では、あの方は存在しています。いや、消すことなんてできないのです。

写真を撮るという行為は、表面的な美しさを残すこと。でも、それだけでなく、その奥底にある、目に見えない物語をも、写し撮ることができるのかもしれません。だからこそ、写真は「美しい」のではないでしょうか。

そんな写真をたくさん撮るために、今回の武者修行で習得した撮影術を駆使していこうと思いました。

おまけ

「マクロ撮影」で切り撮ったパリの「小さい秋」

(おわり)

(この記事の取材・執筆者)

綾部まと

三菱UFJ銀行の法人営業、経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースのセールス&マーケティングを経て、独立。フリーランスのライター・作家として、インタビュー記事、エッセイやコラムを執筆。フランス・パリ近郊の町に在住。3児の母。趣味はサウナと旅行。
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Instagram:https://www.instagram.com/ayabemato/

(企画・編集・デザイン)

大宮光
株式会社プラザクリエイト・マガプラ2代目編集長

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