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通訳・コーディネーター真鍋実恵さん×プラザクリエイト新谷社長 特別対談(第2回)パリのコーディネーターが語る「挑戦と転機」ー孤独なアトリエから“人とつながる仕事”へ

目次

フランス・パリで通訳・コーディネーターとして活動する真鍋実恵さん。新谷社長がパリの展示会のアテンドをお願いしたところ「すごい人がいる!」と感銘を受けたことから対談に至りました(何が「すごい」のかについては、ぜひ第1回をご参照ください)。真鍋さんと新谷社長の対話を通じて、フランスで得た気づきやこれからのブランドづくりのヒントを4回に渡って紐解いていきます。

第2回では、フランスに渡るまでの道のりやこれまでの経緯について。現在はブランドの現地調査や展示会アテンドなどさまざまな現場で活躍する真鍋さんですが、その原点は中学時代に憧れたパリコレでした。

参加者PROFILE

真鍋実恵(まなべ みえ)

大学卒業後、単身渡仏してパリ市内の服飾専門学校に通い、パタンナーとして複数のアトリエで修行する傍ら服作りを開始。その後自身のアパレルブランドを立ち上げる。現在はモード業界での経験を生かし、主にファッション系展示会での買い付けアテンドやリモートバイイング、企業の出展サポート・商談通訳等を行う。パリ郊外在住。

新谷 隼人(しんたに はやと)

株式会社プラザクリエイト 代表取締役社長
広告代理店勤務を経て、株式会社リクルートに転職し、3年連続でMVPを獲得。リテール新規開発グループやカスタマーサクセス領域にてマネージャーとして活躍。2019年に株式会社プラザクリエイトへ入社。取締役を経て、2022年より代表取締役社長に就任。

目次

中学時代にパリコレに憧れるも「両親は反対」

新谷

そもそも、真鍋さんはどうしてフランスに来ようと思ったんですか?

真鍋

きっかけは中学生の時にテレビで見たパリコレです。古着やアンティークが好きで、ヨーロッパの服文化に惹かれており、「本場でファッションを学びたい」と思ったのです。でも、親に「大学くらい出ておけ」と言われてしまって……。

真鍋さんがノルマンディー地方のリネンフェスティバルで発表した、ドレスのデザイン画
リネン生地×草木染めのドレス
新谷

「ザ・昭和!なご両親」だと現地で会った時もおっしゃってましたもんね。

真鍋

それで、大学ではフランス語を専攻して、卒業後は洋裁の専門学校に行く作戦に変更しました。大学3年生の時に短期留学でパリに来たんですが、もうカルチャーショックの連続で。犬のフンがそこらじゅうにあって、ゴミも多い。「雑誌で見たオシャレな街はどこ?」って(笑)

真鍋

しかも紹介されたホームステイ先は、窓のない3畳くらいの部屋で、家具もなし。最初の3ヶ月はそこで暮らしました。完全に留学生をカモにした悪徳ビジネスですよね。今では笑えるけど、その時は本当に必死でした。

大学3年の時に住んでいた、パリ8区のホームステイ先。半地下の部屋で、電話もネットも一切繋がらなかった。
新谷

その時、「もうフランスは嫌だ」と思わなかったんですか?

真鍋

不思議と居心地はよかったんです。日本と違って「こうしなきゃいけない」が少ないから、自由だし。縛られるのが苦手な性格だったので、あっていたんだと思います。だから「もっと学びたい」という気持ちのほうが強くなっていました。

新谷

それくらい、ファッションに対する思いが強かったということですね。

ほとんど寝る間もなかったアトリエ修行時代

真鍋

短期留学から戻り、無事大学を卒業して、フランスに戻りました。

新谷

念願かなって、ですね。

真鍋

はい。そして服飾専門学校に入学しました。でも、外国人のインターンシップは私が初めてで、学校の受け入れ態勢も整っていないわ、フランスのギャルたちに揉まれるわで、泣きそうでした(笑)。
しかも学費は1年分しか用意できなかったので、週の半分はアトリエで働き、残りの半分で学校に通う生活でした。アトリエではパターンを引いて、裁断して、縫製して……。

専門学校でお世話になった先生、クラスの友人と。
新谷

全部じゃないですか(笑)

真鍋

小さなアトリエだったので、一人何役もこなさなきゃいけないんです。学業もあるから、課題締め切り前の1週間はほとんど寝ないで作業していました。でも、当時の私にとってはとても良い経験になりましたね。

自宅アパート兼作業場

ブランドを立ち上げて「全部ひとりで抱えていた」

新谷

修行を終えて、いよいよ自分のブランドを立ち上げたわけですね。

真鍋

はい、2017年7月です。ブランドのテーマは「Designed in France × Made in Japan」。フランスでデザインして、日本で作るというやり方です。

自身のブランド「atelier Bourgeons」のワンピース。「ものづくりは、ものがたり」をコンセプトに、仲介業者をなるべく通さず、環境に配慮した素材を使用することでものづくりの背景にもこだわっていた。
自身のブランド「atelier Bourgeons」のセットアップ。
新谷

ブランド立ち上げは、もちろん初めてですよね?

真鍋

ええ。最初は本当にゼロから。展示会に出す服を自分でデザインして、パターンを引いて、生地を買って、縫って。カタログも撮影もモデル探しも、すべて自分一人でやりました。発注書の書き方も最初はわからないから、全部ネットで調べながら。何年も休みなく働き続けました。

友人に協力を得ながら、自宅アパートでのカタログ撮影。
新谷

ベンチャーの立ち上げもそんな感じですよ。

真鍋

もともと自分で抱え込んでしまうタイプなんです。人に頼めるお金もないし(笑)。

新谷

それも創業者あるあるです(笑)

コロナで気づいた「人と接することでやりがいを得たい」

新谷

時期的にコロナ禍と重なりました?

真鍋

ええ。コロナ禍になってからは、アトリエにも行けず、部屋でひとり黙々と作業する毎日になりました。街の機能も止まり、展示会もなくなり……。誰とも関わらなくなって、ものすごく寂しくなりました。
その時に「私、人と関わるのが好きだったんだ。それでやりがいを得ていたんだ」と気づきました。服を作るのは楽しいけれど、一人で作業するのは合わない、と。

自宅兼作業場で黙々と作業する日々
新谷

それでお仕事の方向性を、今のコーディネーターのように人と接することに変えたんですね。

真鍋

はい、通訳、展示会のアテンド、現地調査、バイヤーさん向けのリモートバイイング。あと、オンラインで生地を見せながら、一緒に選んだり、日本から来られない人の代わりに交渉したり。人と話して、その人が欲しいものを見つけるという仕事です。
洋服づくりの経験と、人とのコミュニケーションが好きという性格、両方活かせる仕事なので、いまとても幸せです。

Playtime Parisでのアテンドの様子
新谷

自分の強みと自分らしさを兼ね備えた、理想の働き方を見つけたんですね。

(第3回につづく)

(この記事の取材・執筆者)

綾部まと

三菱UFJ銀行の法人営業、経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースのセールス&マーケティングを経て、独立。フリーランスのライター・作家として、インタビュー記事、エッセイやコラムを執筆。フランス・パリ近郊の町に在住。3児の母。趣味はサウナと旅行。
X:https://twitter.com/yel_ranunculus
Instagram:https://www.instagram.com/ayabemato/

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